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東京高等裁判所 昭和30年(ナ)18号 判決

原告 吉田芳助 外二名

被告 群馬県選挙管理委員会

主文

被告が昭和三十年八月十日附をもつてなした原告等の訴願棄却の各裁決を取消す。

昭和三十年四月三十日施行の群馬県勢多郡粕川村議会議員選挙を無効とする。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告等は主文と同旨の判決を求め、その請求の原因として、

原告等は昭和三十年四月三十日施行の群馬県勢多郡粕川村議会議員選挙における選挙人であり、且つ、その議員候補者であつた者であるが、

(一)  須田富太は同村第一投票所の投票管理者であるのに拘らず同投票所のある第一投票区(室沢地区)内の議員候補者金子裕の責任者として同月二十日同村大字室沢四百三十一番地所在の公会堂を同候補者の選挙事務所として届出をなし、自ら選挙運動の責任者としてポスターを貼り、投票前日まで同候補者のため選挙運動をした。

更に右投票管理者須田富太は同月二十五日右公会堂を第一投票所として指定し、粕川村選挙管理委員会から右投票所の告示があり、投票所と特定候補者の選挙事務所とを混同使用した結果、これによつて前記候補者金子裕の当選を有利に導いた。

右は選挙の自由公正を著しく阻害し、且つ、投票所の秩序をみだしたものというべきである。

(二)  前記投票管理者須田富太は前記投票の当日午前十時半頃から正午頃まで約一時間半の間、第一投票区内の議員候補者金子裕及び小池吉之助の両名を第一投票所内で選挙人の必要通路以外の場所である選挙事務取扱者の後方に立ち入らせ、両候補者において選挙人に対し挨拶をなしたにも拘らず、両候補者に対し何等の注意を与えず、又その退場をも命じなかつたことは、公正な選挙を冒涜し、投票所の秩序をみだしたものである。これは明かに投票管理者と両候補者が暗にその意思を通じて選挙人に対し圧力を加え又は誘導したものと推察できるのであつて、これによつて選挙の自由、公正が著しく阻害されたものである。

以上の如く本件選挙については選挙の規定に違反するところがあり、右違反は選挙の結果に異動を及ぼす虞れがあり、公職選挙法第二百五条に該当し無効であるから、原告吉田芳助は同年五月九日、原告石橋藤三郎は同月十日、原告大沢佐十郎は同月十四日粕川村選挙管理委員会に対しいずれも異議申立をなしたところ、同委員会は同年六月六日各異議棄却の決定をなし、翌七日原告等に決定書が交付されたので、原告等は更に同月十三日被告に対し訴願を提起したが、被告は同年八月十日各訴願棄却の裁決をなし、翌十一日原告等に対しその裁決書が交付された。

よつて原告等は本訴請求に及んだ次第であると陳述し、

本件選挙においては、投票区は第一ないし第六の各投票区に分れていたが、開票区は一箇所で同村役場において一括して開票されたため、右第一投票区における各候補者の得票数は不明である。而して本件選挙における議員候補者は二十七名で、当選者は二十二名であり、最高点当選者木島美佐雄の得票数は二百六十四票、最下位当選者尾上重雄の得票数は百四十九票となつており、又次点者以下の得票数は原告吉田芳助が百四十九票、原告石橋藤三郎が百四十五票、根岸茂平が百四十一票、山田春市が百三十九票、原告大沢佐十郎が百十票となつているのに対し、第一投票区における投票者は五百十三名(有権者は五百四十二名)であるから、第一投票区における選挙の無効は全部の無効を来すものである。

なお被告の主張事実はこれを認めると述べた。

(証拠省略)

被告は原告等の請求はいずれもこれを棄却するとの判決を求め、

答弁として、原告等主張の事実中、

原告等がその主張の選挙における選挙人であり、且つ議員候補者であつたこと、須田富太が第一投票所管理者であること、同人が第一投票区内の議員候補者金子裕の責任者として原告等主張の如き選挙事務所の届出をなしたこと、投票管理者須田富太が原告等主張の如き投票所の指定をなしたこと、金子、小池両候補者が投票当日おおむね午前十一時前後から正午少し前まで第一投票所内に滞留し、その間投票管理者がその退場を命じなかつたこと、原告等主張のとおり異議申立及びその棄却決定訴願提起及びその棄却裁決があり、その決定書及び裁決書が原告等に交付されたこと、本件選挙における投票区、開票区が原告等主張の如くであつたこと、村役場で一括して開票されたため第一投票区における各候補者の得票数が不明であること、本件選挙における議員候補者数、当選者数、各候補者の得票数、第一投票区における投票者数及び有権者数がいずれも原告等主張のとおりであることはこれを認めるが、その余の事実は争う。須田富太が第一投票所管理者となつたのは昭和三十年四月二十日である。本件選挙における投票総数は五千二百五十三票で、そのうち有効投票は五千百九十票、無効投票は六十三票であると述べた。

(証拠省略)

理由

按ずるに、原告等が昭和三十年四月三十日施行の群馬県勢多郡粕川村議会議員選挙における選挙人であり、且つその議員候補者であつたこと、右選挙の効力に関し原告吉田芳助が同年五月九日、原告石橋藤三郎が同月十日、原告大沢佐十郎が同月十四日いずれも粕川村選挙管理委員会に対し異議の申立をなしたが、同委員会が同年六月六日原告等の異議棄却の決定をなし、同月七日その決定書が原告等にそれぞれ交付されたこと、更に原告等が同月十三日被告に対し訴願を提起したが、被告が同年八月十日原告等の訴願棄却の裁決をなし、同月十一日その裁決書が原告等にそれぞれ交付されたことは当事者間に争がない。

而して原告等主張の(一)の事実については、

須田富太が同年四月二十日第一投票所の投票管理者となつたこと、同人が右投票所のある第一投票区(室沢地区)内の議員候補者金子裕の責任者として同日室沢公会堂を同候補者の選挙事務所として届出をなしたこと、同人が同月二十五日右公会堂を第一投票所として指定したことはいずれも当事者間に争がなく、証人牛崎和市の証言によれば、須田富太は議員候補者金子裕の選挙運動の責任者であつたことが認められ、他に何等の反証がない。従つて他に特段の事実が認められない本件においては、右須田富太は第一投票所の投票管理者の職にありながら、同投票所のある第一投票区内の議員候補者金子裕のため選挙運動をなしたものというべきである。

而して公職選挙法第百三十五条、第八十八条の規定によれば投票管理者は在職中その関係区域内において選挙運動をすることができないのであるから、かかる者をして投票管理者の職にあらしめることを許容しない趣旨であると考えられる。従つて前記須田富太が第一投票所の投票管理者として投票に関する事務を担当することは違法である。しかのみならず既に説示したように同人は前記候補者金子裕の選挙事務所のあるところと同一の場所を第一投票所として指定したのであつて、他に適当な場所がないというような事情があつたかも知れないが、公正なるべき選挙において候補者の選挙事務所と同一の場所が投票所と定められることは選挙の自由公正が疑われる結果を招来するものであつて、公職選挙法の許容しないところといわなければならない。

更に原告等主張の(二)の事実については、

金子、小池両候補者が投票当日少くとも、おおむね午前十一時前後から正午少し前まで第一投票所内に滞留したが、その間投票管理者がその退場を命じなかつたことは当事者間に争がない。而して成立に争のない乙第一号証の一、同第二号証の各記載、証人栗原好、同丸山精一の各証言によれば、右両候補者の滞留した場所は、第一投票所の入口を入つた左側における受付係丸山精一、名簿対照係白石高士、投票用紙交付係真下等の投票事務担当者のすぐ後方の部屋の炉端であつて、投票当日は右投票事務担当者の後方の間仕切は取払つてあつたため、投票のため右投票所に入場した選挙人は容易に両候補者を目撃し得たこと、右滞留中少くとも数人の選挙人の投票があつたこと及び投票管理者須田富太は両候補者が同所に滞留していることを知りながら両候補者に対し何等の注意を与えなかつたことが認められ、他に何等の反証がない。

而して公職選挙法第五十八条の規定によれば、選挙人、投票所の事務に従事する者、投票所を監視する職権を有する者並びに当該警察官及び警察吏員でなければ投票所に入ることができないのであつて、議員候補者といえども選挙人として投票のため以外に投票所に入り、或は投票のため入場した場合においても投票を終つた後なお場内に滞留することは許されない。もとより本件においては当事者間に争のない前記滞留が両候補者において選挙人として投票のため必要な時間であり、又必要な場所であつたとは考えられないし、そのような証拠もない。又当事者間に争がないように、右投票所たる室沢公会堂が金子候補の選挙事務所として届出がなされており、同候補の選挙事務所であつたとしても、(投票前日までに右選挙事務所が閉鎖されたとの証拠はない。)それは何等同候補者が投票当日投票所内の前記場所に滞留したことを合法的ならしめる根拠とはならない。

以上認定の事実に徴すれば、本件選挙における第一投票所の投票は、投票管理、投票所の秩序維持等に違法があり、選挙の自由公正を著しく阻害したものであつて、選挙の結果に異動を及ぼす虞れがあると考えられるから、公職選挙法第二百五条に該当し、無効であるといわなければならない。

而して本件選挙においては、投票区は第一ないし第六投票区に分れていたが、開票区は一箇所であつて、粕川村役場において一括して開票したため、右第一投票区における各候補者の得票数が不明であること、議員候補者は二十七名で当選者は二十二名であり、最高点当選者の得票数が二百六十四票、最下位当選者の得票数が百四十九票となつており、又次点以下の得票数は最下位当選者と同数の百四十九票、百四十四票、百四十一票、百三十九票、百十票となつているのに対し、第一投票区における投票者は五百十三名、有権者総数が五百四十二名であることは当事者間に争がないから、第一投票区における投票の無効は本件選挙全部の無効を来すものというべきである。(当選を失わない者を決定することもできない。)

然らば原告等の本訴請求はすべて正当としてこれを認容すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺葆 牧野威夫 野本泰)

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